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ブログ執筆を増やしてソーシャル メディアを減らす

明けましておめでとう!2017 年は仕事でもプライベートでも忙しくてイベント満載の年だった。多くの意味で、2017 年はこれまででいちばん大変だが最高の年だった。2018 年についてはワクワクしていて、どんなことが起こるか、楽観している。

2017 年に僕のブログを読んでくれたみんなに「ありがとう」と言いたい。2018 年に入った今、僕はソーシャル メディアを使う量を減らし、もっとブログを書くことを新年の抱負にしようと思う。

僕はもう 12 年以上もブログを書き続けているし、ソーシャル メディアも 10 年くらい使っている。どちらもコンテンツにとっては「ブラックホール」だが、ブログのコンテンツには少なくとも「生き残る」チャンスがあるような気がする。僕のブログ記事は僕のソーシャル メディア投稿よりも大きなインパクトを与えてきた。それは僕に限ったことではない。たくさんのブロガーがソーシャル メディアに飲み込まれてしまうのを僕は見てきた。彼らの多くはブログをすっかりやめ、(かつて与えていた)インパクトを失ってしまった。

ブログを書くことは、自分の考えを明確にしてより深く考えるのにも役立つ。ブログを一貫して書き続けることで僕は成長した。それと同じような深い思考や熟慮をソーシャル メディアが促進してくれることはない。だから、結果として同等な個人的成長は得られなかった。

これも普遍的な現象であるようだ。政治的な決定事項から敵対者への嘲笑に至るまで、あらゆることを伝えるため、ドナルド トランプ大統領がツイッターに頼っていることは悪評になっている。彼は核武装した金正恩のことをツイッター上で「チビのデブ」と呼ぶにまで至っている。これが whitehouse.gov 上で書く長文のブログ記事だったら、さすがにそこまでは無頓着になれないだろう。

話の順序としては最後になったが、大事な点をひとつ。大規模で中央管理型のソーシャル メディア企業は僕にはもう合わない。そういった企業がフォーラムを提供することで人々がつながり、情報を共有できたことは否めないし、多くの形で彼らは人権や市民的自由に巨大なインパクトを与えたのも確かだ。それでも、そうしたメディアがどれだけ便利でインパクトが大きいにしても、彼らの規模や影響、そして透明性の欠如に対しては懸念が増大している。彼らのデータ プライバシーの問題と透明性の欠如が今後 5~10 年でピークに達するだろうと僕が予言したのは 2015 年の夏だったが、そこまで長くはかからなかった。大衆の意思形成における Facebook のかかわりは芳しくないが、そのかかわりによって、2017 年には Facebook 自身にとって形勢が不利な方向に変わり始めた。

みんなが読むものを一握りの大きなプラットフォーム企業がコントロールするなどということがあってはならない。メディアや情報の流れをコントロールする組織(企業)が少なすぎるときは用心しなくてはいけない。そんな状態を許してしまったら、Web というものが歴史上でいちばん重要なネットワークになった、まさにその理由を失う危険を冒すことになる。その理由とは「誰もが発言できる、中央集権的ではないプラットフォーム」だということだ。

僕たちが作り上げた今日の Web は今後の世代にとっての基盤であり、非集中型であり続ける必要がある。確かに、非集中型の Web を構築する方が難しいし、それを使うのはもっと難しい。率直なところ、データ ポータビリティーと規制的な監視を改善し、統合性をもっと高め、技術革新と協力をさらに進めないかぎり、オープン Web が勝利するのは難しいだろう

要するに、僕は、世の中に起こってほしいと自分が願っている変化に参画したいのだ。このビジョンを支援するため、僕は読者集団を作っていきたい。それは自分が制御できる範囲の外にある集中型のプラットフォームではなく、インターネットの片隅にある、ここ、自分のブログ上でだ。そんなわけで、2018 年に入り、これから僕はソーシャル メディアの使用を減らし、もっとブログ記事を書くことになると思うので、そのつもりでいてほしい。